素敵な音楽をありがとう ~今年旅立って行ったミュージシャン達

  

今年も残りあと1ヶ月半。そろそろ振り返り番組やニュースが流れる頃になりましたが、決まって追悼の特集が組まれたりする時期。2016年、素敵なミュージシャン達が天に召されました。まだまだ活躍を期待されていたのに、残念ながら旅立たれてしまったミュージシャンに敬意をこめ、全員ではないのですが、綴りたいと思います。

 

 

ナタリー・コール

 

1975年デビュー、デビュー曲「ジス・ウィル・ビー」全米チャート6位。1976年には来日し、東京音楽祭でグランプリを受賞するなど華々しく活躍していましたが、1980年代に入ると、セールスは落ち込み、活動を一時休止。その後、1980年代後半に「ピンク・キャデラック」がヒット、1989年に発表された「Miss You Like Crazy」は、全米シングルチャート第7位、全英オフィシャルチャートのシングルランキング第2位という殿堂に輝く。
私が衝撃的だったのは、父・ナット・キング・コールのカバー集「アンフォーゲッタブル(1991年)」のリリース。亡き父の音源との“親子共演”です。今では当たり前のように“共演”をしていますが、当時は結構びっくりなことでした。お父上の魅力ある低音とナタリーのソフトな声がマッチング。うっとりしながら聴いた記憶があります。ナタリー・コールはこのアルバムでグラミー賞のソング・オヴ・ザ・イヤーに輝きます。

 

 

デヴィッド・ボウイ

 

1967年、デビューアルバム『デヴィッド・ボウイ』を発表。1969年にシングル「スペイス・オディティ」をリリースし、それが全英チャート5位、全米チャート15位まで上がり、人気ミュージシャンの仲間入りを果たします。グラムロック時代や、プロトパンク/オールド・ウェーブ時代を経て、一気にスターダムに上がったのが、1983年に発表された『レッツ・ダンス』。このアルバムはキャリア最大のメガヒットアルバムとなり、ファン層を広げることになるのです。同年、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』も話題となり、デヴィッド人気は更に過熱することに。その後迷走状態に入るも、1990年代はコンスタントにアルバムを発表。2000年代は、病気療養に入り再び活動停止。2013年に突如、新作アルバム『ザ・ネクスト・デイ』を発表し、突然の復活に皆が驚いたのは記憶に新しいでしょう。ただ、病魔は彼を蝕んでいき、自らの死期を悟っていた彼が、ファンへの最後のメッセージを盛り込んだ内容で制作したアルバム『ブラックスター』が死の2日前の69歳の誕生日リリースも皆を驚かせましたね。このアルバムのPVを観たのですが、結構強烈です。全体的に“死”をイメージした描写とデヴィッドの表情がまさに死相が出てしまっている、そんな衝撃的な内容です。

 

 

 

モーリス・ホワイト(アース ウインド&ファイヤー)

 

1969年、アース・ウィンド・アンド・ファイアー(以後EWF)の前身となるグループ『ソルティ・ペパーズ』を結成。後に、兄弟のヴァーダインにフレッドを含めた10人の大所帯バンドへ。1970年代の全盛期は、モーリス・ホワイトとフィリップ・ベイリーのツインヴォーカルに重厚なホーンセクションが特徴でした(「September」や「Fantasy」など)。1980年代前半には、他バンドに先駆けてコンピューターを利用した電子音を採り入れ、ボーコーダーの入った「Let’s Groove 」は大ヒット後、EWFは活動中止、1985年にソロシングル「I Need You」をリリース、こちらも大ヒット。メロディアスはこの曲はドライブで流れるナンバーの定番になったのではないでしょうか。2004年にはEWFとして来日をしましたが、これがモーリス込みの最後の公演になりました。
日本では、DREAMS COME TRUEが影響を受けており、ところどころEWFのテイストがちりばめられているのは、周知されているでしょう。

 

 

 

プリンス

 

1978年にたった一人でデビューアルバム 「For you」 を作り上げ、1981年にかけてR&Bチャートを賑わせました。ローリング・ストーンズの前座で屈辱を味わうなど不遇時代を経て、1982年に2枚組アルバム「1999」でブレイク。同時に MTV ではじめてプロモーションビデオが放映された黒人アーティストとして、マイケル・ジャクソンと共に名を連ねることに。1984年に同名映画のサウンドトラックとして「パープル・レイン」を発表。最大のヒットとなります。その後、発売直前でアルバムを販売中止にしたり、映画「バットマン」のサントラを担当したり、横浜でディスコを経営したり、恋仲と噂されていたマドンナと共作したりと、話題にはことかかなかったですのね。
私は、ボーカリストとしての印象が強いのですが、彼はギタリストとして根強い人気があり、その芸術性は評価が高かったとのこと。ギター小僧たち(笑)の憧れのアイコンでもありました。

 

 

レオン・ラッセル

 

十代のころからキーボーディストとして活動、ジェリー・リー・ルイス、ローリング・ストーンズら多くのアーティスト、フィル・スペクターのプロデュース作品のレコーディングに参加。ベンチャーズがカバーした「朝日のあたる家」のオルガンソロは、彼が弾いたものだそうです。ソロ・アーティストとしては、1968年から現在に至るまで数多くのアルバムを発表、スワンプ・ロックの有名ミュージシャンとなります。

日本で彼を有名にしたのは、カーペンターズがカバーした「A Song For You」「Superstar」「This Masquerade」でしょう。「This Masquerade」はジョージ・ベンソンもカバーし、大ヒットさせています。カーペンターズはポップで流れるようなバカラックの曲と、重厚で哀愁を帯びたレオンの曲と、相対する楽曲の対比が面白いですよね。私は「A Song For You」が大好きです!2011年に、ロックの殿堂のサイドマン部門を受賞。彼の楽曲がもう生まれないと思うと残念でしかたありません。

 

 

 

他にも、イーグルスのグレン・フライ、5人目のビートルズと言われたジョージ・マーティン、日本人では、シンガーソングライターの村田和人、ギタリストの松原正樹、シンセサイザー奏者の富田勲、シンガーソングライターの先駆けで女優のりりぃ 等

惜しまれつつも天国に召されたミュージシャン達、私達にたくさんの素敵な音楽をと届けてくれて、ありがとう。どうぞ、安らかに……。

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